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頭塔 と 土塔

 2月15日に「熊山石積遺構」の事を書き、関連の遺跡に奈良の「頭塔」を取り上げましたが、今日(2/28)の朝日新聞の、「こころ/祈りの美」と言うコラムに、この「頭塔」の記事が出ていました。

 新聞記事と写真をアップしますので、ごらん下さい。
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 奈良の東大寺では、3月1日から「お水取り」が始まる。これは752(天平勝宝4)年に実忠和尚が創始した仏教行事である。その実忠がお水取りの他に残した事績の1つに「頭塔」(奈良市高畑町)がある。東大寺から1㌔ほど南下したところにある七段築成の土盛りの塔で、各段は石積みで化粧されている。基壇部は一辺約32㍍の方形。767(神護景雲元)年に完成した。木造の塔ならば日本各地の寺院にあるが、土盛の塔は珍しい。
 最近この頭塔が、あるテレビ番組で取り上げられた。その影響は大きく、博物館から頭塔までの道順を尋ねる来館書も増えた。番組では、四角錐形のビラミッドを思わせる階段状の構造や、各段に仏龕を配する店がブロブドゥール(インドネシア)の寺院と共通する、と紹介された。確かに似ている。しかし、ブロブドゥールとの対比に、なぜこの頭塔だけが取り上げられたのだろうか。
 実はもう一つ、よく似たものがあるので紹介したい。堺市中区土塔町にある「土塔」は四角錐形を呈する土盛の構造が頭塔と共通し、一辺は53㍍。十三段に築成されている。高僧 行基が727(神亀4)年に開いた大野寺の寺域にあり、土塔もその頃の築造と考えられる。発掘調査ではおびただしい数の瓦が出土し、中には造塔の協力者名を刻んだ文字瓦も多く含まれていた。
 土塔は平面積で比べると頭塔の2・5倍以上あり、築成された段の数も多い。築造年代も土塔の方が古く、おそらく実忠はこの土塔の存在を知っていた。テレビに出たのは頭塔だけだったが、土塔も奈良時代の貴重な遺跡であり、ぜひ多くの人々に両方を訪れて欲しいと思う。
(奈良国立博物館研究員・野尻 忠)

・土塔
by yamauchi-bizen | 2007-02-28 14:56 | その他 | Comments(2)

左馬飯碗

 新しく作った窖窯を、今春焚く予定でモノを作っていますが、初窯ですので縁起の「左馬飯碗」を水挽きしています。
左馬のいわれについては、私のサイトの「備前雑記」ページに詳しく書いてありますのでごらん下さい。

 飯碗へ逆字で「馬」を釘彫りしていますが、楷書では面白くないので、中国古代象形文字の中から、小篆の「馬」を書いています。

   ※小篆 - 秦の始皇帝が統一した文字
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by yamauchi-bizen | 2007-02-22 10:06 | 陶芸 | Comments(6)

オオイヌノフグリ

 1週間ほど前から、道ばたにオオイヌノフグリが咲いています。
毎年、この花を見るたびに、もう春だなー、しかし物(素地)が出来ていないなぁと焦ります。

 しかしこの可憐な花に無粋な名前ですね。(よく言われている事ですが)
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by yamauchi-bizen | 2007-02-18 14:30 | 自然 | Comments(3)

熊山石積遺構(国指定)

 先日ブログにも書きました熊山(標高508m)の山頂にある「熊山石積遺構」を見たいという友人を案内して、熊山へ行ってきました。

 今年、1月20日テレビ放映されました、TBS「日立 世界不思議発見!」’謎の大伽藍・ボロブドゥール~ピラミッド寺院は海を越えた~’で奈良・東大寺近くの「頭塔」と共にこの熊山石積遺構が紹介されてビックリしました。

 昨年春、岡山市で開催されました、熊山遺跡群調査・研究会特別講演で大阪文化財センター理事長・水野 正好 氏が頭塔が熊山遺構と同じ構造、目的で作られたものである事を詳しく説明して下さいましたので知ってはいましたが、ボロブドゥールとの関連までは思ってもみませんでした。 氏の調査研究によると、熊山遺構は奈良前期の山岳仏教施設でおそらく仏塔であろうとのことです。

 遺構は岩盤を砕いた石片で組まれた3段の石組み構造で、一辺7.7m、高さ3.5mあり、四方に龕(がん)が作られています。中央部には縦穴があり、1935年に165㎝もある陶製円筒容器が発見されて中から奈良三彩容器と革製巻物が見つかりましたが、現在は行方不明です。陶製円筒容器のみが奈良・天理参考館に保存されています。
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by yamauchi-bizen | 2007-02-15 10:46 | その他 | Comments(3)

二之樋(ニノヒ)

 私の住んでいる部落名は通称「二之樋」と呼ばれていて、バス乗場、信号なども「二之樋」という名で知られています。
その名は大用水の2番目の樋があり、ここから東用水、西用水に分かれます。改修されたる前の石で出来た樋は上を国道が通っていたせいもあり、大がかりな樋で夏場は子供の水泳場所にもなっていました。
川幅も広くて、ゆっくりながれていました。写真は現在の樋です。
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 樋の脇には東備地方最高峰・熊山(507m)への登山道があり、江戸時代に建てられた石製の道しるべがあり、正面には「従是熊山道」、東側面に「宮まで四六丁」、西側面に「元文丁己年 施主 二日市村 九月廿四日 善九郎」と書かれ、1737年(元文丁巳)に作られたことがわかります。

 熊山は備前の国一の山岳信仰の霊場で、古来修験者の登る霊峰でした。山頂には古来仏教遺跡・熊山石組遺構や智明大権現を祭る神社あります。
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by yamauchi-bizen | 2007-02-12 09:54 | その他 | Comments(5)

原土発掘現場

スミガワ工業の澄川さんからヒヨセ(備前粘土)を掘り始めたとの連絡がありましたので、見にいってきました。場所は伊部・下り松です。

 一昨年掘った現場の隣で、ほぼ同じ様な原土がでていました。実はこの原土は江戸時代にヒヨセを掘った堀残しです。江戸時代は手堀で(器械が無いので当たり前ですが)、丸く穴を掘っていますので、残りがあるのと、粘土層が薄いところは残しています。
従って、広い範囲を掘らなくてはならず大変です。

 今や良質のヒヨセは滅多に出ません。
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          ・ユンボで上土を取り除き、粘土層を出してはぎ取っています
 
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          ・掘ったヒヨセをトラックに積み込んでいる、澄川さん           
by yamauchi-bizen | 2007-02-06 16:58 | 陶芸 | Comments(7)

鮒めし

 岡山の郷土料理に「鮒めし」があります。備前市などの県東部ではなく、倉敷市総社市辺りの郷土料理だと思われますが、とても美味しいので家内によく作ってもらいます。

 先日も鮒ミンチを買ってきて作ってもらいました。
丼は備前焼では有りませんが、拙作です。

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  ・鮒めしの作り方
by yamauchi-bizen | 2007-02-04 08:52 | 食物 | Comments(3)

上寺山 餘慶寺 本尊

 今、県立博物館で開かれている「備前上寺山-歴史と文化財ー 豊原北島神社・餘慶寺」を見てきました。

 上寺山餘慶寺は邑久町(現在は瀬戸内市)と西大寺の堺にあり、上寺の通称で知られています。私が通った高校の近くにあり、高校生時代に行ったことがありますが立派なお寺だなあ、と言う印象が有りました。

 本尊の平安前期に作られた薬師如来座像は有名で、写真では見たことがありますが実物は見たことがありませんでした。国指定重要文化財でもあり、一度見てみたいと思っていました。
150㎝(5尺)もある一本木作りの堂々たる優しいお顔の座像でした。
 脇侍として安置されている、聖観音菩薩立像(こちらも国指定重要文化財・平安前期)も柔和で優しいお顔で、私はこちらの方が気に入りました。

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                ・薬師如来座像(部分)
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                       ・聖観音菩薩立像(部分)
 
by yamauchi-bizen | 2007-02-02 19:22 | アート | Comments(4)

寒バエの煮物

 昨日、窯場横の用水を覗いてみると、ここのところ見かけなくなっていたシラハエ(オイカワ)が居るではありませんか。
 
投網で70匹ほどゲット、白焼きして小さい物は焼きたてを酢醤油で食べましたが、他は白焼きしたものを煮付けにしました。(料理したのは家内です) 
 
 酒の肴にとてもよろしい!
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by yamauchi-bizen | 2007-02-01 16:29 | 食物 | Comments(8)